山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

山口歯科より大阪市北区周辺の患者様に贈る歯の情報BLOG

2018年

04月23日

(月曜日)

四月の淡路島~阿那賀にて~

こんにちは
院長の山口です。

この土日は本当に暑いくらいのいい天気でした。
いつも冬が終わって春から夏になる途中で、特に朝に思うのですが、「夏の香り」がするんです。
「香り」と言うか・・・・「匂い」って感じですかね?。

皆さんもそんなことを感じる時ってあるんじゃないかと思います。

そして、夏から秋になると、やはり「冬の香り」がするんですよね。

今年の「夏の香り」を感じたのはひょっとしたら先週末だった気がします。


同業の集まりがあり、先週ちょっと淡路島まで行ってきました。
大阪から、途中休憩をしながら2時間程度のドライブ。
市内の先生と診療が終わってから待ち合わせて一緒に行きました。

IMG_2124.jpg

神戸淡路鳴門自動車道を通り、明石海峡大橋を渡って最初のサービスエリアで休憩。
ソフトクリームを食べながら橋を眺めます。

そのまま、自動車道を南下。
淡路島最後のインターである、淡路島南インターで降りました。

そこから約15分程度の会場に到着。
もう目の前は四国です!

IMG_2125.jpg

はるかに見えるは大鳴門橋。
四国も見えます。

プールもおしゃれ!

IMG_2126.jpg

夏には、プールバーとなるのでしょう。

久しぶりに遠出をしたような気がします(笑)

帰りに淡路島の玉ねぎをお土産に頂き帰路につきました。

CIMG2233.jpg

CIMG2234.jpg

淡路の玉ねぎは美味しいです!
これで色々料理を考えてみたいと思いますヽ(´∀`)ノ
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2018年

04月19日

(木曜日)

休診のおしらせ

休診のお知らせです。

4月26日(木) 午前は所用により休診致します。
午後(14時~)からは通常通り診療いたします。

大変ご迷惑をおかけしますが何卒宜しくお願い致します。
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2018年

04月18日

(水曜日)

B20型蒸気機関車~初めて買った鉄道模型~

こんにちは
院長の山口です。

小学生の頃、毎週日曜日になると父の肩叩きを1時間すると100円のお小遣いをもらっていました。
小3か小4のころだったでしょうか。

そのお金を握りしめて、駄菓子屋兼おもちゃ屋みたいなお店に走るのである。
オマケのついた駄菓子を買ったりするのだが、ある時プラモデルを見つけ買うようになった。

その頃は100円でも車や飛行機とかの簡単なプラモデルが売ってたのです。
200円のプラモデルだと戦艦とかもあったような気がします。

それから、自動車や戦艦をメインにプラモ作りを楽しむ(ほとんど素組みです)ようになったのでした。

あるお正月。
私はお小遣いやお年玉でプラモデルにはまっていた私であったが、父は弟を連れて有名模型店である”城南模型”へ行きました。

そして、自分の欲しいものも買ったみたいだが、弟にHOゲージの線路(エンドレス)とカツミ模型のフリー車両である、「ED100」という電気機関車と形式フリーの「中型ボギー客車」2両、あとパワーパックを買ってきたのでありました。
もちろんそれは弟のお年玉とかでです(笑)

それを見たとき、
「わーいいなー」
と一気にプラモデルから鉄道模型に魅かれていったのでした。

その後すぐに、
「僕も鉄道模型欲しい~」
と父に言うと、父は模型屋さんに行く口実が出来たためか、すぐに”城南模型”へ連れてったくれたのでしたヽ(≧∀≦)ノ

私が初めて買った鉄道模型は・・・・
エンドウの「B20」型蒸気機関車でした。

CIMG1659.jpg
これははこのままそのまま実家に残ってました。

49.2.2 2,900

この模型は昭和46年から発売されたようで、当時の価格は2,600円だったそう。

とにかくロケット弾のような模型で、車体をフリフリ揺らせながら走らせて遊んでいた記憶があります。

箱から出してみました。

CIMG1661.jpg
なんかカビのようなものが付いてます。

CIMG1662.jpg

CIMG1663.jpg
前後にブレーキホースが付いてます。
これは後付ですね。

CIMG1664.jpg

44年の時を経て、健在です。
ダイキャストとはいえ、十分重量があり金属製模型はやっぱりいいですね。

ちなみにこの模型は実際のスケールモデルではないようです。
だって水タンクが大きいし!

この機関車、綺麗に整備したくなりました!
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2018年

04月16日

(月曜日)

別府鉄道 ~1/1の鉄道模型の世界?~

こんにちは
院長の山口です。


昔、兵庫県の西、加古川の近くに愛すべき小さな鉄道がありました。
その名も「別府鉄道」。
よみ方は「べふてつどう」と読みます。
別府温泉の別府ではありません。

この鉄道は、JR山陽本線の加古川駅の少し手前に土山駅と言う駅があり、ここから南西の海のほうへ向かって走ってました。

また、今は廃線になった「国鉄高砂線」の野口駅からも海に向かって走って、ちょうど「Y]の字の如く交わったところに「別府港」と言う駅があり、さらにもっと港のほうまで走ってました。

別府港にある工場から貨物を運ぶのがメインの鉄道でしたが、旅客営業も行ってました。

なにが愛すべき鉄道なのかと言うと・・・・

まさにに”1/1”の鉄道模型の世界かと思えたからでした。

昭和50年前後に父に連れられて乗りに行ったようです。
(あまり記憶がございません・・・が)

CIMG2174.jpg
当時の国鉄「土山駅」です。

とても大幹線山陽本線の駅とは思えないですね。

さて、別府鉄道のりばには何とも言えない、まさに鉄道模型の世界のような列車が停まってました。

CIMG2181.jpg

「DB201」と書かれた、ディーゼル機関車に・・・「ハフ7」と書かれたデッキの付いた2軸客車・・・
特にこの客車、この時代でもかなりレトロなもので古典車両としか言えません。

しかしなぜダブルルーフなのに上からカバーみたいなのを掛けてたんでしょう?
屋根が傷むから??

CIMG1907.jpg

小さなレイアウトのジオラマを見ているみたいです!

これに乗って別府港へ向かいます。
おそらく時速は20キロも出てたかどうか・・・・というようなスピードだった気がします。

土山↔別府港は4㎞程度。所要時間は15分くらいでした。

別府港駅の駅舎は木造の小さなもので、旅客よりも貨物がメインの鉄道と言う感じです。

CIMG2173_20180411150321da5.jpg

駅に居る人は、カメラを持った「鉄」の方ばかり。
と言っても、この頃は少なかったようです。

土山駅に折り返すときは、貨物が連結され、混合列車となります。

CIMG2179.jpg

ねえ?
どう見ても鉄道模型を見てるようでしょ?

この鉄道も昭和59年には廃止されてしまいましたが、この鉄道はもっと写真を撮っといてほしかったなと思います。
(写真は私でなく父がとったものですが・・・)
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2018年

04月12日

(木曜日)

私の記憶の限りでは・・・・新快速は昔から速かった・・・・

こんにちは
院長の山口です。

世の中(というか滋賀県で)大変な事件が起きたみたいですね。
警察官が警察官を拳銃で射殺(;゜0゜)

このような事件は、私の記憶の限りでは・・・・聞いたことがありませんです。

私が思ったのは・・・たとえば高校卒業後警察官になり警察学校卒後して交番勤務等すれば、未成年でも拳銃を携帯できるんだ・・・
ということを改めて思ったことですかね。
まあ、警察官なので当たり前と言えば当たり前ですが。

それは別にして・・・
いつも思いますが、関西を走る「新快速」は早いですね!
最高時速130km/hは狭軌鉄道にしたら、ちと早いのでは?と思ってます。

私が初めて東海道本線を走る「新快速」に乗ったのは、私の記憶の限りでは・・・小学校5年生くらいではないかと・・・

当時の「新快速」はこの車両でした。

CIMG2180.jpg

「新快速」は昭和45年から、111系(113系?)を使用して京都↔西明石間で運行開始されました。
やがて、草津↔姫路間、と範囲を広げ、今や、敦賀↔播州赤穂までになりました。

そして昭和47年。新幹線が岡山まで開通し、在来線の関西↔山陽・九州方面を結ぶ多くの急行電車が廃止されて余剰となった153系(165系も?)を「新快速」として装いも新たにして(ただ色を塗り替えただけですが・・)使用されたのです。

急行用車両使用により最高速度が100km/hから110㎞/hに上がり(記憶が定かではありませんが・・)、京都↔大阪をなんと29分で結んだから、特急よりも早くなるという面白い現象が起きたのでした。

私にとってこの頃の「新快速」の凄いところ(と言うか興味深いところ)は、ふたつありました。

ひとつは・・・新幹線停車駅の新大阪駅は通過していたところ。
そして二つめは・・・特急「雷鳥」(今のサンダーバードのご先祖様)を並走、ぶち抜く・・・というところ!


この写真の車両は165系の「新快速」ですかね?・・・記憶が・・というか知識がなくてすいません・・

それからちょくちょく「新快速」はその走行範囲を広めていきます

昭和49年7月に、湖西線開業。
湖西線は現在は大動脈ですが、開業したときは、特急や急行はまだ米原経由で、湖西線はローカル線の如きでした。

私の記憶の限りでは・・・・湖西線が開通して「新快速」も堅田まで進出してきた記憶がございます。
北陸への優等列車が一部を除いて湖西線経由になるのは、昭和50年3月、新幹線博多開業の時からです。

この153系から新快速専用の車両117系の開発により、昭和55年には見られなくなりました。

とするとこの写真は、昭和49年7月20日から昭和55年までの間に撮った写真ということでしょうね。
新快速が湖西線の近江舞子まで伸展したのは昭和60年以降ですから。

私の記憶の限りでは、具体的にはいつ頃撮ったか記録がございません・・・
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