山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

山口歯科より大阪市北区周辺の患者様に贈る歯の情報BLOG

2018年

02月18日

(日曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”! その3

こんにちは
院長の山口です。

さて、サーフェイサーを吹きます。

CIMG1451_20171127173335216.jpg

サーフェイサーはMr.クレオスの#1000のグレー色です。

CIMG1452_20171127173337a2a.jpg

乾かした後、「艶消しブラック」で塗装します。
エアブラシなんてものはありませんですので、スプレータイプの塗料ですね。

・・・やっぱり均一に吹くのは難しくムラガあります・・・(*´Д`)

さて、1日ほど乾かして組み立てにはいります。
診ての通り、部品数にしたら、昔の100円程度のプラモデルレベルですが、このキットには下回りのみ組立図があるのですが、上回りは特にはありません。

まあ、特に難しくは無さそうなので、進めていきます。

CIMG1525.jpg

とはいえ、色々と考えながら作っていたので、写真は撮り忘れてます。

作製するときに、
①テールライトと室内灯を組み込むこと
②車掌室の室内を組み込むこと

を始める前に考えてたので、まずは、室内を作っていきました。
車掌室の現役時代なんか当時じっくりと室内を観察したことがないので、雑誌などを参考にしていきました。
車掌室の机と椅子、ロッカー(実際にあったのかは知りませんが)長椅子、そして一番作りたかった「ダルマストーブ」を、紙やプラ板等で作って塗装しました。

CIMG1523.jpg

室内の塗装はよもぎ色を塗りました。

CIMG1527.jpg

さてダルマストーブですが、パテを丸めたり伸ばしたりして作り、煙突はプラの棒を使用して作りました。
その上から、メタルブラックを塗りました。
設置場所は屋根にストーブ用のベンチレーションがあるので、その位置を考えながら取り付けしました。
まあ、雰囲気出てるかな・・・という感じですが。

CIMG1529.jpg

この時点ではまだボディーは接着してません。
さて、下回りを組んであわせてみます。

次のミッションである室内灯とテールランプ点灯の作製をしていきます。
CIMG1530.jpg


おっと!その前に車輪からの集電をどうするか・・・・
色々試行錯誤していくのです・・・・・


2018年

02月15日

(木曜日)

高松駅から讃岐うどん食べ歩きへ!・・・もうたべられません・・

こんにちは
院長の山口です。

さてさて、次は丸亀市のほうに向かいます。

土器川の堤防に沿って北上すると、「なかむら うどん」さんがあります。
ここは、ぜひ食べてみたいと下調べをしていたのですが・・・・・

駐車場の入口には警備員が立っており、大きく左右の腕を上げて”バツ”のポーズ・・
もう営業が終わったのか、満員かはわからにですが、そのまま素通りになってしまいました(涙)

ここもそうですが、大概讃岐うどんのお店はお昼過ぎには閉店ってところが多いようですね。


仕方がないので、丸亀市内へ入り、とりあえずお城見学。
CIMG1494.jpg
お城から瀬戸内海がよく見えます。

あと、近くの讃岐うどん店を調べて行ってみたが、閉まっていたので、予讃線に沿って東へ移動。
宇多津駅を左手に進んでいきます。

このあたりは、瀬戸大橋線が開通する前の旧予讃線時代の宇多津駅にあたり、さらに西に行くと見えてきました。
「おか泉」さん。

CIMG1501.jpg

CIMG1502.jpg

人はいなさそうですが、もちろん満席状態です。


さすがにもう満腹状態でありました。


今回はこのまま瀬戸大橋を渡って帰路につきました。

そのうち、今回行けなった店や別のお店のうどんを食べに行きたいと思います!

2018年

02月13日

(火曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”! その2

こんにちは
院長の山口です。

最近、歯科のお話が少ない!って?

すいません(^_^;)
時々書きますので・・・・汗


さて、まずリハビリ第一号にプラの貨車を選びました。

ワフ29500型の貨車。
これは、車両のうち半分が貨物室で半分が車掌室というもの(有蓋緩急車という)です。

昭和60年くらいまでで、コンテナとかタンク貨物列車などを除いて、所謂2軸貨車は廃止になりました。
それまでは、貨物列車にも車掌さんが乗車する「車掌車(緩急車)」というものが連結されていました。

「緩急車」とは、ブレーキ制動をもつ車両のことだそうで、昔は貫通ブレーキ(機関車から制御して全車両にブレーキをかける)なかった時代に制動手なる人がブレーキを掛けていたのが、ひとつの車両として「緩急車」、まあ車掌車になったらしい。

だから、貨車だけでなく客車も車掌車のある車両は制動装置(手動でブレーキをかける)がありました。

ちなみに、形式名の「ワフ」の「ワ」は有蓋車、つまり”ワゴン”から由来。「フ」は、”ブレーキ”のブがフとなったそうな・・・
(形式とかはよく知らないと書いたが、昔の国鉄時代の形式ルールはなんとなく憶えているのである・・)

このワフといわれる有蓋緩急車は基本的に全国で見られたと思うのですが、主にローカル線で使用されてました。
個人的には、タンク機関車のC11,C12型や、昔の小海線で使用されていたC56型が2~4両の貨車を牽いているのが一番似合うかなという印象です。
しかし、貨物の少ない時期はこの「ワフ」1両だけの貨物列車もありました。

1両全部が車掌室の車両もありましたが、あまりローカル線では見なかった気がします。

前置きが長くなりました。
まずは、プラモデルと同じだろう!ということで、中性洗剤で洗います!
これは表面の油脂を取り除くためです。

CIMG1447_2017112717333235e.jpg

洗ったら乾燥させます。

CIMG1448_201711271733331c2.jpg

さて・・・先にある程度組み立ててから塗装をするか・・・・最初から塗装するか・・・・

組み立てる物にもよりますが、今回は黒一色の貨車ということで、組む前に塗装しちゃいます。
塗装しなくても黒色なのですが、やはりプラスティックっぽくなると思われるので、ツヤなし黒で塗装するほうがいいかなっと。


乾燥が終わったら、下地をつくるため、サーフェイサーを吹きかける準備に入ります。

CIMG1449_20171127173334c5a.jpg
これは、段ボール箱で作った簡易塗装ブースである(~_~;)

ふう、今日はここまでにしといてやろう・・・(笑)

・・・・実は塗装は上手くないのであった・・・

2018年

02月11日

(日曜日)

リハビリ!第一弾は”ワフ29500”で”!

こんにちは
院長の山口です。

最近鼻水がタラーッと出てきます。
風邪ではないので、花粉症が再発したのかなと思ったのですが、まだ時期が早いような気もします・・・

”男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。”

これは中学校や高校の古文の授業ででてくる土佐日記のはじまりの件(くだり)

”昔、男ありけり・・”
とか
”月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。"
とか、当時は暗記させられたので、いまでも最初の件は出てくるのだが、

これを私に当てはめてみると・・・
”父もすなる鉄道模型といふものを、私もしてみむとて、するなり”

となるのだろうか。

ただ、私は小学校の時からプラモデル作りをよくしていたし、模型作りははじめてではない。
父の影響で鉄道模型もお年玉でスタートしたのも、その後ちょいちょいと購入したり、プラキットを組んだりはしていたが、そこまででありました。

まあ、なにはともあれ数十年の時を経てまた、首を突っ込んでみようと思ったのである・・


まずはリハビリである(笑)

日々仕事で細かい作業を行っている。
日々の仕事はミリ単位ではない。もっと細かい精度の仕事である。

だからたぶん模型感覚はずぐに戻ってくるかもだが、なんせ数十年のブランクがある。
しかも昔はやらなかった「真鍮による組み立てを最終の目的としてみたい。

最初のリハビリに選んだのは・・・・・・

エンドウの貨車プラキットである「ワフ29500」であった・・

CIMG1446.jpg

これは、昔に私がいつか作ろうと買ったもので私自身も購入したことを忘れていたのである。

ここから始めてみようと思います!


2018年

02月07日

(水曜日)

”夜叉”と健さんと敦賀駅

こんんちは
院長の山口です。

今から33年前に”夜叉”という映画が封切られた。

”人斬りの夜叉”とミナミでは名の知れたヤクザ修治(高倉健)が足を洗い福井県の若狭湾にある港町で漁師として生きているのだが、この街にミナミから来た飲み屋の女将である蛍子(田中裕子)のヒモの矢島(ビートたけし)がミナミの組に拉致されたのを助けに修治がミナミに行くという話である。
(すいません、これではどんな話かわかりませんね!)

舞台は若狭湾に面した美浜町の日向という地域でロケされている。

当時は、
田中邦衛扮する啓太の息子が父に内緒で東京に出ていくという設定で、健さん扮する修治が敦賀の駅まで漁船を使って送るのだが、「小浜線の美浜駅まで車で送るほうがよっぽどはやく敦賀に着くのに・・・」

とか。


くだらない突っ込みを入れながら見てました(恥)

まあ、映画の内容はいろいろな感想があると思うが、私としては、最後ミナミへ帰る蛍子が敦賀駅から大阪に向けて乗った電車のなかで悪阻を起こし、列車の洗面所の鏡をみて微笑んだところが印象に残ってますね。

・・・・つまり”夜叉”の子を身籠ったということですが・・・・

CIMG1782.jpg

健さん!カッコいい!!
健さんの映画を初めて見たのは1982年に封切られた「海峡」という映画でした。
予備校仲間と見に行ったのですが、そいつはこの映画に影響されたのか工学部土木工学科に入学しました

また話は逸れましたが、こういう居酒屋というか飲み屋の場面は健さんは似合いすぎます!

CIMG1789.jpg

なにが書きたいかというと、この映画では敦賀駅の場面が結構あり、懐かしい光景を思い出させてくれるな!
というなんて事のない話でした。

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