山口歯科Blog | 大阪 天満・天神橋の歯医者さん

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2018年

04月12日

(木曜日)

私の記憶の限りでは・・・・新快速は昔から速かった・・・・

こんにちは
院長の山口です。

世の中(というか滋賀県で)大変な事件が起きたみたいですね。
警察官が警察官を拳銃で射殺(;゜0゜)

このような事件は、私の記憶の限りでは・・・・聞いたことがありませんです。

私が思ったのは・・・たとえば高校卒業後警察官になり警察学校卒後して交番勤務等すれば、未成年でも拳銃を携帯できるんだ・・・
ということを改めて思ったことですかね。
まあ、警察官なので当たり前と言えば当たり前ですが。

それは別にして・・・
いつも思いますが、関西を走る「新快速」は早いですね!
最高時速130km/hは狭軌鉄道にしたら、ちと早いのでは?と思ってます。

私が初めて東海道本線を走る「新快速」に乗ったのは、私の記憶の限りでは・・・小学校5年生くらいではないかと・・・

当時の「新快速」はこの車両でした。

CIMG2180.jpg

「新快速」は昭和45年から、111系(113系?)を使用して京都↔西明石間で運行開始されました。
やがて、草津↔姫路間、と範囲を広げ、今や、敦賀↔播州赤穂までになりました。

そして昭和47年。新幹線が岡山まで開通し、在来線の関西↔山陽・九州方面を結ぶ多くの急行電車が廃止されて余剰となった153系(165系も?)を「新快速」として装いも新たにして(ただ色を塗り替えただけですが・・)使用されたのです。

急行用車両使用により最高速度が100km/hから110㎞/hに上がり(記憶が定かではありませんが・・)、京都↔大阪をなんと29分で結んだから、特急よりも早くなるという面白い現象が起きたのでした。

私にとってこの頃の「新快速」の凄いところ(と言うか興味深いところ)は、ふたつありました。

ひとつは・・・新幹線停車駅の新大阪駅は通過していたところ。
そして二つめは・・・特急「雷鳥」(今のサンダーバードのご先祖様)を並走、ぶち抜く・・・というところ!


この写真の車両は165系の「新快速」ですかね?・・・記憶が・・というか知識がなくてすいません・・

それからちょくちょく「新快速」はその走行範囲を広めていきます

昭和49年7月に、湖西線開業。
湖西線は現在は大動脈ですが、開業したときは、特急や急行はまだ米原経由で、湖西線はローカル線の如きでした。

私の記憶の限りでは・・・・湖西線が開通して「新快速」も堅田まで進出してきた記憶がございます。
北陸への優等列車が一部を除いて湖西線経由になるのは、昭和50年3月、新幹線博多開業の時からです。

この153系から新快速専用の車両117系の開発により、昭和55年には見られなくなりました。

とするとこの写真は、昭和49年7月20日から昭和55年までの間に撮った写真ということでしょうね。
新快速が湖西線の近江舞子まで伸展したのは昭和60年以降ですから。

私の記憶の限りでは、具体的にはいつ頃撮ったか記録がございません・・・
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